発表論文

医師会活動・介護保険・認知症

私は平成10年垂水区で内科クリニックを開業し、垂水区の理事を経てこの4月より介護保険、在宅ケア部を担当させていただいております。区の理事の時は、月に2回ほど市医師会に来館し当時の部長である横山裕司先生(介護保険部)と槇村博之先生(在宅ケア部)から膨大な資料をいただいて区へ持ち帰って報告していましたが、急に反対の立場になってしまいました。

市の理事になって感じたことは、区の理事の時に比べて仕事は多岐に渡り会員のためばかりでなく、市の行政とも深く関わって、健診事業やインフルエンザ対策など医療を通して社会に貢献しているということです。また、理事の先生方は驚くほどよく働くということです。

もちろん、区でも3歳児健診、ポリオ等ワクチンや予防接種をはじめ学校校医、小児救急への出務、介護保険の審査、認知症サポート医など挙げれば切りがありませんが、このような活動をしていることを私は市の理事になって初めて実感したわけで、一般の会員の先生方はあまりご存知ではないように思いますし、益してや病院勤務の先生方や新たに開業された先生方は言うまでもないと思います。そこで、医師会に新しく入会する先生や一般の会員の先生にも、さらには市民の皆様にも広く医師会活動を知っていただけるようになったらと思います。

さて、私の所属する介護保険、在宅ケア部の仕事の1つに主治医意見書研修会があります。介護審査会に出務されている先生方はお分かりかと思いますが、主治医意見書には疾病のことは詳しく記載されているのに介護に関わる記載がないため、審査に困られたことがあると思います。私たち医師は患者さんの症状を診る場合、当然疾患からアプローチしますが、介護の場合は症状の原因疾患については2の次で例えば右片麻痺の患者さんが居れば、どのように介護して食事、排泄、入浴させるかという点からアプローチします。

そこで市医師会では、行政と協力して主治医意見書の予診票を作成しました。これを利用することにより主治医意見書に介護が必要な部分が反映され現場では重宝されていますが、これは前任の横山裕司先生と灘区の村山知行先生の業績です。これは以前から云われてきたことですが、介護保険分野では国は医師をできるだけ外そう外そうとしており、コスト軽減を図ろうとしています。

例えば、厚労省が都道府県に対し10月27日に説明を実施したものですが、介護予防事業では効率化を図るため医師による問診、身体測定、理学的検査等の生活機能チェックと貧血検査等の生活機能検査を省き生活機能は基本チェックリストで行うものとされました。生活機能低下の者を介護予防へ促す事業が非効率的な事業であることは事業開始当初より分かっているはずですが・・・。

実際のところ介護審査会を例にとっても、介護を必要としている人は沢山の疾患を持っており医療と介護の連携は重要で、やはり医師がリーダーシップを取って関与していくことが大切ですし、行政も医師会に期待していると感じます。ただ、介護保険部員の各区の先生方は介護審査会の審査員の成り手を捜すのに大変苦労されています。来期に向けて介護認定審査会の再編作業を行なっていただいていますが、どの診療科目の先生が審査委員になっていただいても構いませんので会員の先生方には介護認定審査会への積極的な参加をお願い申し上げますと同時に介護保険や医師会活動にもっと関心を持っていただきたいと思います。

つぎに認知症対策ですが、高齢化と平均寿命の延びに伴って、わが国における認知症の患者数は年々増加し、今では85歳以上の高齢者の4人に1人が認知症患者だとされています。今後はさらに患者数が増え、2020年には300万人近くにまで達するといわれています。そうなると介護者も含めた1千万人以上の国民が何かしらの認知症問題に直面することになります。

最近の神戸市の統計では、平成22年3月現在で65歳以上の高齢者は約35万人で要介護、要支援に該当する高齢者は約6万4千人、認知症自立度2以上が3万2千います。高齢者人口の約10%が認知症で要介護、要支援に該当する高齢者の約50%が認知症と云うことです。これに対し神戸市医師会では市行政と協力して「かかりつけ医認知症対応力向上研修会」を来年1月に開催する予定です。この研修会は『かかりつけ医に対し、適切な認知症診療の知識・技術や認知症患者本人と家族を支える知識と方法を習得するための研修実施することにより、認知症サポート医(推進医師)との連携の下、認知症の発症初期から状況に応じて、認知症患者への支援体制の構築を図ること』を目的とした研修会です。

実際施設において、認知症ケアは誤嚥、転倒による骨折に次いで重要なテーマです。入居時には、軽い認知症であった方の症状が進行したり、また、中等度の認知症の方は、不穏になり大声を出すケースもあります。施設内では、認知症でない方もおられるため、深夜に他の入所者さんの部屋に入ったりするトラブルも生じます。勿論、当直の介護士はおりますが、他の入所者さんの排泄介助などで手を取られている時に起こります。

一方在宅は、例えば87歳の女性は、昼夜逆転で、夜中に家中を徘徊し、外出しようとします。その度に長男の嫁が、眠たい目をこすりながら説得して部屋へ連れ戻します。毎日寝ていても気が休まらないと言います。家族が目を離した隙に、外へ出てしまい、家族が探しに行ったところ、警察に保護されていたこともあります。また、お金がなくなった、財布、通帳がなくなった、盗られた(嫁や娘に)など被害妄想も出現します。さらに汚れた下着を交換しようと何度説明しても納得した次の瞬間にはもう忘れて「何をするのか」と咬みついたり叩いたり、抓ったりします。介護者である長男の嫁はそれが認知症に伴う行動とは理解できるが、悲しくなると言います。また、認知症の91歳の男性は昼夜逆転し、夜中に家の中を歩き回り畳の上に排泄したりする行為があり、介護者である家族はその始末に追われているという症例もあります。動ける認知症患者は目が離せないため、介護の手間は想像を超えるものがあります。

大切な家族とは言え、1日24時間、365日の生活の中で認知症の人の世話や介護は決して容易なものではないのです。介護者である家族は、デイサービスやショートステイを利用し、一時的に家事をしたり、ほっとしたり出来ますが、気が休まる時間は限られています。ストレスが蓄積され、体力も精神力も尽き果てた結果、うつ状態を招くこともあります。近年介護に疲れて虐待など事件を起こす事例も増加しています。それを防ぐためには、外からの援助を求めるなど、介護ストレスを少しでも軽減する工夫が大切です。介護認定を受けた高齢者の2人に1人がU度以上の認知症という前述した統計もあり、認知症に対応した介護は重要でありニーズも多いのです。

認知症患者は記憶障害をはじめとする認知障害が相当進行した段階でも、感情的な機能は保たれる一方、環境の変化に適応することが困難であるなどの認知症高齢者の特徴を踏まえると、日常の暮らしの場面では、「生活そのものをケアとして組み立てる」ことを指向するケアが望まれます。

具体的な支援のあり方としては、(1)環境の変化を避け、それまでの暮らしが継続されるよう配慮し、(2)高齢者一人ひとりのペースに合わせたゆったり型の援助スタイルで、安心感の醸成を心がけること、(3)その時点で一人ひとりが持っている心身の力を最大限に引き出して、充実感のある暮らしを構築すること、などが望まれます。

そうしたケアを実践するための具体的な条件としては、(1)小規模な居住空間、(2)家庭的な雰囲気、(3)なじみのある安定的な人間関係で支えるケアの形を整える、とともに、(4)住み慣れた地域での生活が継続できるようサービス体系を構築することが望まれます。これらの条件を兼ね備えたサービスとして、(1)グループホーム、(2)小規模多機能型ケア、(3)施設機能の地域展開、(4)ユニットケアの普及が必要でそれに加え終末期を視野に入れた医療サービスが必要です。繰り返しますが、医師会はかかりつけ医に対し、具体的には以上述べたような適切な認知症診療の知識・技術や認知症患者本人と家族を支える知識と方法を習得し、認知症サポート医(推進医師)との連携の下、認知症の発症初期から状況に応じて、認知症患者への支援体制の構築を図るよう努力しています。

先日、日本老年学会「終末期医療プロジェクト」よりアンケートが届きました。アンケートの内容は私たちが現場で遭遇する難しい問題でした。そのなかの1つをご紹介いたします。紹介することは担当の日本老年学会「終末期医療プロジェクト」会田薫子先生の許可を得ています。

[シナリオ]

Yさん(85歳女性)は療養病床に入院しているアルツハイマー型認知症患者です。Yさんの認知症は今では高度に進行し、意思疎通は困難です。身体活動も著しく低下し、寝たきり全介助で、介助で着座しても座位を保持することが困難になってきました(FAST stageの7(d)の状態)。

しばらく前から、摂食量が減少してきていましたが、言語聴覚士による嚥下リハビリや、ソフト食など食べやすい工夫と食事介助を受け、なんとか経口で食事をとってきました。しかし、むせや食べ物を咽につまらせることが多くなってきました。これまでも何回か誤嚥性肺炎を起こしており、先週も誤嚥性肺炎を起こしました。主治医は、経口摂取を再開し、再度、肺炎を起こすと、生命に危険があると考えています。ANH(Artificial nutrition and hydration)に関するYさん自身の事前の意思表示はありません。夫は5年前に先立ちました。他の家族の意向も不明です。

Yさんへの対応について、先生は、以下のどの選択肢が最も適切だとお考えになりますか。先生の所属施設の考え方とは別に、先生ご自身が適切だとお考えになる方法に最も近い番号1つに○をつけて下さい。先生の日頃の臨床実践と異なる方法でもかまいません。*ANHには、胃瘻栄養法、経鼻経管栄養法、末梢点滴、TPH(IVH)など、すべての人工的な栄養・水分補給法が含まれます。

  1. 経口摂取を再開し、可能なところまで経口摂取してもらい、食べられなくなったら自然経過にゆだねるのが適切である。
  2. 経口摂取を再開し、末梢点滴と併用するのが適切である。
  3. 経口摂取を再開し、胃瘻栄養法と併用するのが適切である。
  4. 経口摂取を再開せず、胃瘻栄養法を導入するのが適切である。
  5. 経口摂取を再開せず、経鼻経管栄養法を施行するのが適切である。
  6. 経口摂取を再開せず、末梢点滴を施行するのが適切である。
  7. 経口摂取を再開せず、TPH(IVH)を施行するのが適切である。
  8. 経口摂取を再開せず、ANHも行わずに自然経過にゆだねるのが適切である。

答えにくい問題で回答に困ってしまいます。Caseによって異なるし家族の意向も絡んできます。認知症で誤嚥をする患者さんの場合は今のところ家族の意向に左右されると思いますが、先生方はどのように思われるでしょうか?

最近は誤嚥性肺炎を繰り返したり、摂食障害のある患者さんには在院日数の関係もあり比較的PEGが造設されることが多い印象ですが、認知症に関してのPEGの造設は判断基準や家族の意向や倫理的問題、訴訟の懸念など問題は多く、そろそろガイドラインの作成の時期にきている感がします。これは死生観の問題も絡んできます。認知症のホスピスも含めてご意見を頂ければ幸いです。

(神戸市医師会報 2010年12月号 掲載)